ジャズと詩の新境界:『爵士詩靈魂夜 A Soulful Night of Jazz Poetry』

May-30-2022

謝明諺 Minyen Hsieh (soprano sax, alto sax, tenor sax)
林理惠 Mars Lin (vocal, poet)
曾增譯 Tseng-Yi Tseng (piano)
池田欣彌 Ikeda Kinya (bass)
林偉中 Weichung Lin (drums)
鄧亦峻 Yichun Teng (trombone)

1. Intro (strange fruit) – 曹疏影
2. 台北藍調 / Blue Note Taipei – 鴻鴻
3. 蓋希文狂想曲 / Rhapsody on Gershwin – 陳家帶
4. 聽戴女士歌唱 / Lady Day Over the Cliff – 廖偉棠
5. 查特貝克的窗 / Window Pain: Chet Baker – 崔香蘭
6. 約翰佐恩・一九九五・台北即興 / John Zorn, Taipei Impromptu, 1995 – 鴻鴻
7. 請問芳名 / Should You Ask My Name – 林理惠
8. 傾聽 / Listening – 鄭烱明
9. 觀景台 / Observation Deck – 袁紹珊
10. 夜車 / Overnight Train – 鴻鴻
11. 爵士詩 / Jazz Lines – 曹疏影
(曲名 – 詩と朗読)

製作人 Producer:謝明諺 Minyen Hsieh、鴻鴻 Hung Hung
編曲 Arrangements:謝明諺 Minyen Hsieh
作曲 Compositions:謝明諺 Minyen Hsieh (except#2、#5、#7、#10)、鄧亦峻 Yichun Teng (#10)
錄音、混音、母帶製作 Recording、Mixing& Mastering:鄭皓文 Howard Tay – G5 Studio
錄音室 Recording Studio:Lights Up Studio
錄音助理 Recording Assistant:于世政 Shih Cheng Yu
美術設計 Art Design:方序中 Joe Fang 、郭姵岑 Pei-Cen Guo、究方社 JOEFANG Studio
英文翻譯 Translation:Dean Anthony Brink、George O’Connell & Diana Shih、Steve Bradbury
執行製作 Executive Producer :陳珮文 Sandy Chen
錄音日期 Recording Date:Sep 28 & 29, 2021
特別感謝 Special Thanks:克芳姐、Marc、正威、查拉、Hiro、輪胎
出版 Publishing: 黑眼睛文化事業有限公司 Dark Eyes Ltd.
代理發行 Executive Publishing:好有感覺音樂事業有限公司 Feeling Good Music Co.
發行日期 Release Date:May 2022

ことばの響きの美しさというものは確かにあって、言語それぞれに向いた表現手段があるはずだ。たとえば唐・宋時代の詩に曲を付けてテレサ・テン(鄧麗君)が歌った企画盤『淡淡幽情』(1983年)は、もはや、日本の男性中心社会にマッチしたヒット曲などよりも長く聴かれ続ける作品だと言ってよいだろう。かつて音楽評論家の中村とうようがテレサについて書いた「聞き手を慰撫する仏の境地」(*1)という評価は、このような作品にこそふさわしい。

中国には多くの方言があるがそれぞれに特徴があり、声調(声の高低のパターン)もそのひとつだ。テレサが歌った標準中国語には四声があり、筆者もいちど習おうとして難しさに驚いた。ところが広東語には九声、台湾語には八声がある。サックスの謝明諺(シェ・ミンイェン、通称テリー)によれば声調の数が多いことにはおもしろさがあり、たとえば侯孝賢(ホウ・シャオシェン)の映画に出演し、かつ音楽を提供する林強(リム・ギョン)が歌う<向前走 Marching forward>(*2)を聴くと、メロディ間のインターバルがあたかも喋っているかのようだ、という。本盤においてテリーが北京語をもとにした標準中国語、南部の広東語、地元の台湾語を歌唱と朗読に採用したのは、そのような音楽家としての感性によるものに他ならない。

とはいえこれはジャズである。中国語圏で中国語によるジャズを歌う試みはさほど多くはなかった。おそらく中国語でジャズ詩をはじめて総括的に紹介するものとして詩人の鴻鴻(ホンホン)が『爵士詩選 Warm n’ Cool: A Jazz Poetry Anthology』という書籍を出版したのは、2020年のことである。それを機に鴻が主宰したイヴェント(*3)に、ポップ歌手の林理恵(マーズ・リンことリン・リーフイ)とともにテリーが登場した。もちろんテリーは台湾随一のジャズサックス奏者であり、林のお喋りに応じてソニー・ロリンズやジョー・ヘンダーソンの真似をしてみせる。愉快でないわけがなかった。テリーらはここに多くの可能性を感じ、本盤を制作したというわけである。しかも鴻がレコードのコレクターでもあったから、デジタルストリーミングとレコードのみ。紛うことなく新しい試みなのである。

A面はジャズ・ジャイアンツやジャズのヴェニューに捧げられている。1974年創立のブルーノート台北をテーマにした<Blue Note Taipei>では、林が流麗に<Angel Eyes>を歌う上に鴻が詩の朗読を重ね、親しみのある大都市台北の夜を歩いている気にさせられる。<Rhapsody on Gershwin>は文字通りガーシュイン曲を想起させるもので、林偉中(リン・ウェイチュン)の巧みなドラミングがその効果を増している。<I’ve Never In Love Before>をもとにした<Window Pain: Chet Baker>もまた雰囲気があり、テリーの歌伴の巧さがじつに印象的だ。来日したらスタンダード曲のヴォーカルの歌伴を観たいものである。

<John Zorn, Taipei Impromptu, 1995>においてかつてのNY前衛の名前が出てくるのは意外ではない(とはいえ、1995年にゾーンと山塚アイが来台したとき、かれはまだジャズを聴きはじめていなかったというのだが)。テリーは来日すると豊住芳三郎(ドラムス)らと共演し、また台北の地下道などでときどき行われる即興のゲリラライヴにも出演している。かれの音楽領域は驚くほど広い。ここではゾーン的に焦燥感を表現する曾增譯(ツェン・ツェンイ)のピアノとともに、敬意を表してかこの曲だけアルトを吹いている。

B面では台湾の歴史や日常生活を掘り下げている。<Listening>において気持ちよく響く池田欣彌のコントラバスや、<Observation Deck>での曾のピアノの素晴らしい和音は聴きものだ。また、唯一台湾語を用いた<Overnight Train>では列車の音を意識したドラミングや「行」をなんども繰り返す林の切ない声で旅情が搔き立てられる。

本盤は中国語+ジャズの新世界に向けた一里塚となるにちがいない。

(文中敬称略)

(引用元「JazzTokyo」No.289、#2179 『爵士詩靈魂夜 A Soulful Night of Jazz Poetry』