「淺堤 Shallow Levée」がニューアルバムで描き出す「台北と高雄」二つの風景の間で揺れる心象風景

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高雄ローカルならではの視点や世界観、彼らのアイデンティティに深く根ざした詞世界が共感を呼び、台湾のインディーシーンで独特の存在感を放ってきたバンド「淺堤 Shallow Levée」。彼らの待望のファーストフルアルバム「不完整的村莊 The Village」が完成した。結成から5年を経て変化を伴いながらも成長を遂げたメンバー4人に話を聞いた。

結成のそもそものきっかけを教えてれますか?

イーリン:私とギターのホンチャは大学時代のサークル仲間。卒業する頃に自分で曲を書き始めるようになって、彼とドラマーの友人を誘って「蔡依玲(ツァイ・イーリン)樂隊」という名前でバンドを始めたのがきっかけ。 それからベースのファンボが加入したのが今の「淺堤 Shallow Levée」の原型。

イーリン

メンバーそれぞれ別のバンドにも参加していたり、新たに加入したタンシェンもセッションドラマーとして台湾インディーシーンで活躍しています。高雄のシーンの人間関係は非常に近いように感じますが。

ホンチャ:高雄はあらゆる面で台北ほど飽和状態ではないというか。バンドも台北に比べたら少ないけど、だからこそみんな仲良くなれるのかもしれない。ファンボとタンシェンとは、バンドを始める前から友達だったし。困った時にはお互いサポートし合える関係性で、バンドもリスナーもお互いをよく知る間柄なんだ。

ホンチャ

高雄というと、「大港開唱 Megaport Music Festival」のようなロックフェスや、今では台湾を代表するバンドの「滅火器 Fire.EX」などを思い浮かべます。彼らの存在や高雄の音楽シーンからどのような影響がありましたか?

イーリン:滅火器は私たちが大学生の頃にはもう台北で大活躍していて、過渡期の盛り上がりも間近で見ていたバンドなんだ。 だから高雄の凱旋公演の度に、彼らの姿がまるで自分のことのように誇らしく思えた。大港開唱も思い出がたくさんあるし音楽的なインスピレーションをたくさんもらった場所だな。

台北と高雄を行き来しているそうですが、青春時代を高雄で過ごすことと台北で過ごすことの違いは感じますか?それはあなた達の創作プロセスにどんな影響がありますか?

タンシェン:僕は大学進学から台北に住みはじめてもう10年。高雄と違って台北はライブもたくさんあるし、まさにバラエティに富んだ大都会というイメージだけど、現実と憧れは違うよね。人混みに疎外感も感じたり。だから僕らにとって「帰省」は生活や人生観を振り返る大きな課題になるんだよね。

イーリン:私とホンチャは勉強や仕事のために地元を離れた経験がないし…。 でも、バンドが生活の中心になると、家で過ごす時間も少なくなって、その生活に疑問を抱いたり、故郷のことをまた違う立場で発見することもある。新しいアルバムは、その思いがよりはっきり意識した作りになってると思う。

タンシェン

初期の作品では故郷の社会問題や環境問題をテーマにした曲がありましたよね。そこにはこれまでの台湾音楽界の先輩たちの影響も?

イーリン:「(ショベルカーを意味する)怪手」は地元の歴史ある漁村の移設問題を題材にした歌だけど、身近に起こった乱暴な問題を目にしてとても憤りを感じていたから、それを歌で伝えようと思ったんだ。反原発運動やひまわり運動にしても、社会的な情勢は自分たちのリアルな問題だった。それに北京語ではなくて台湾語で作詞したことをきっかけに自分の母語の台湾語で曲を書くことを考え、母語と自分の関係性を探るようになったんだ。

台湾語の表現の探求という点だと、一般的な中国語と台湾語の歌詞の違いとは何でしょうか?

イーリン:創作の最大の違いは「声調」の関係性。 標準中国語は「四声八調」だけど、台湾語はもっと複雑で「七声八調」。だから台湾語で歌う場合は、歌詞に重点を置いたメロディーで言葉の韻に沿わないと伝わらないんだ。普段も話す言葉だけど歌詞と旋律が一致させる難しさは今もまだ勉強中。でも台湾語の創作は自分の幼少期の経験とのリンクする発見がたくさんあるんだ。

楽曲の世界観は目の前の風景や問題から、徐々にアイデンティティそのものへと深化してきたわけですが、ニューアルバムに至るまでのここ数年の間にどんな心境の変化がありましたか?

イーリン:世の中の不気味さだったり、プレッシャーをいつも感じていた若い頃に比べれば、今はもっと冷静に捉えられるようになったかも。 どんな問題も人の本質に立ち返って考えなければならないということに気がついたというか。

ニューアルバムはイージー・シェンによる全面プロデュースですが、彼が引き出した魅力とは? 制作過程で印象に残っているエピソードはありますか?

ホンチャ: 感銘を受けたのはコーラスワーク。 彼はヴォーカルの個性を見抜いて調整していくんだけど、まるでプロデューサーとの関わりを通して自分自身の個性をだんだんと理解していく感覚なんだ。

ファンボ:他のプロデューサーと違うと感じたのは、常に少し「欠点」のあるテイクを意識して活かすことで、既成の概念とは異なるものを創作しようとしているところ。どちらかというと技法よりも精神的な事についてよく話した気がする。

ファンボ

タンシェン:抑制したタイトなビートの「傳道的人 Seeker」でも、ドラムはあえて目一杯叩くように言われたり。アドバイスもドラマーとしての経験則ではちょっと出てこない意外なものだったね。

イーリン:「自分が何者なのか」をいつも自分に問いかけること。深く考えずに単に他人と違う事をするだけではいい音楽は作れないことを気にかけていたんじゃないかな。

アルバムの先行曲はMVもバラエティ豊かですよね。「永和」のMVはプライベートな雰囲気が印象的ですが、実際あのような場所ではみんなどんな話をしますか?

イーリン:仕事の話や人生観を話して、お酒を酌み交わしたり一緒に食事をするのは一緒。でも実際の私たちは穏やかかも笑。MVに出演してくれた友達たちも同じ地元で同じものに触れて育った仲で、みんなの共通項とも言えるバンドのポスター、おかしな台湾語のYouTube、懐かしいものや 「很台(ちょっとくだらなくて笑える台湾らしい)」な要素がたくさん入っていているんだ。

「文青(文化系男子)」「台客(台湾的ヤンキー)」「上班族(サラリーマン)」に典型的台湾男子に扮したメンバー三人と紅茶屋台のビーナス笑。幻想的なプールのシーンも印象的な「陷眠 Daydreaming」のMVの撮影のエピソードがあったら教えてください。

タンヒン:監督が高校時代の友人だったんだ! 大人になってからこうして一緒に仕事ができてとても嬉しかったな。

イーリン:覚えてるのはとにかくプールに入ったことしかだけ笑。超寒くてガクガク震えが止まらないし! あと水の中で美しい動きをするのが超難しかった!

ターニングポイントになった楽曲や、バンドがあれば教えてください。

イーリン:一曲に絞るのは難しいけど思い浮かんだのは、「Tizzy Bac」や「風籟坊 windmill」、「盪在空中」。

タンシェン:そう意味だとやっぱり滅火器は僕らのロールモデルだと思う。

あなた達の音楽に影響を与えた日本のバンドはありますか?

イーリン:フィッシュマンズ!Mitsume、サニーデイ・サービス、日本のツアーの時は、曽我部さんがオーナーのCITY COUNTRY CITYにも行ったね。

ホンチャ:みんなフィッシュマンズ好きだよね。日本でもDVDやCDを探して買ったり。Bloodthirsty Butchers、Mitsumeも好き。

ファンボ:僕もBloodthirsty Butchers。Quizkid、氣志團が好き。

タンシェン:銀杏BOYZやELLEGARDEN、パンクは今でも影響を受けている。

根強い人気のフィッシュマンズに加え、台湾公演があったバンドの影響力を強さを感じるセレクトですね。最後に日本のリスナーにメッセージを!

前回の日本ツアーで、最も印象的だったのはどのステージでも機材もスタッフにしても、とにかくプロフェッショナルな姿勢を感じたこと。 オフの時間でも秋葉原でレコードや機材の探したりして。今はコロナ禍の影響で顔を合わせることが難しいけど、早く私たちの音楽を直に届けたい気持ちでいっぱい。それまで「不完整的村莊 The Village」を聴きながら、楽しみにして待ってて欲しいな!

作者