作りたいものを作り続ければ、いつかこの土地に面白いものが育つはず —— 林強(リム・ギョン) インタビュー

Feb-07-2023

 

——1990年にはファーストアルバムの『向前走』をリリースしてから、映画音楽の製作の裏方に回り、実験を繰り返しながら、異なるスタイルの電子音楽に変化させていきました。長い間、音楽業界に身を置いてきた今のあなたにとって、音楽はどのような意味を持つのでしょうか?

音楽を仕事にするにあたって、私にとって最も大事なのは生活をすることです。生活に必要な基本的な収入がなければ、活動を続けていくことが難しくなります。また、音楽を現状を表すためのある種の媒介とすることで、聞き手に対して創作の現状や、私の考える最高の境地を理解してもらうこと。そして少し難しいことではありますが、音楽芸術を通じて、自らの魂のレベルを高めたいと考えています。

音楽というものは、その人のその時の心境を如実に反映するものであり、私の言動も作品と一部となります。私は元々矛盾だらけの人間です。もし音楽を通じて継続的に精神状態を高めていきたいのであれば、創作の過程で、内界と外界の矛盾を減らし、そのことで夢と現実の緊張関係を解消し、言行一致の状態になるように努力する必要があります。


▌最初は音楽を一つの職業としてとらえていましたが、時間が経ってから、ある哲学的な問題を考え始めるようになりました。「私が音楽を選ぶのか、音楽が私を選ぶのか。後で答えが分かってきたのは、誰もがそれぞれの使命をもってこの世界に生まれてきたということです」


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長い間創作活動をされていますが、長い間情熱を持ち続けていられるのはなぜですか?

私は音楽に対してそれほど執着しているわけでも、崇高な理想を持っているわけでもありません。ただ単純に、その時々のご縁に従って探求を続けているだけです。最初に台北で仕事を探していた時には、見つからなかったら荷物をまとめて台中に帰り、豚足でも売るか、レコード屋か楽器屋をやろうと思っていました。もし、ある日、誰も私の作品を気に入らなくなり、新作を発表するモチベーションが湧かなくなったら、家に帰って花や木を植えているかもしれません。私はこの業界に長くいるので、逆に音楽事業に対して、何としてもやらなくてはならないものだというような見方はしていません。自分の心に従い、楽しければ、全てがもっとシンプルになります。


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『A Pure Person 単純な人』に一緒に収録された『Recite念』から、今年リリースされた『別様』に至るまで、多くの東洋の伝統な要素を取り入れていますが、あなたの創作に対する考えの中で、「伝統文化」と電子音楽は、どのような関係にあるのか教えていただけませんか?

ここ数年、地元の要素を電子音楽に取り入れ、地方とのつながりを作ろうとずっと考えています。屏東の満州で月琴を探したり、ドキュメンタリー監督の黄恵偵(ウォン・ワイディン)さんから三線をもらったりしましたが、そういう東洋の音色を自分の作品に取り入れてみようと思うようになり、表面的な素材を並べるだけでなく、自分の内面から湧き出る東洋伝統文化を追求することができないかと、考えるようになりました。これは私にとってとても重要なことです。

私はこれまでずっと、西洋の文化や思想に触れてきて、自分が育った土地の文化に正面から取り組んだことがないのですから、教えてくれる先生が回りにいません。伝統文化というと、それは「二十四孝」のようなものでしょうか?それはハードルが高すぎます。現代社会にどのように当てはめればいいのでしょうか。やり方を変えることはできるでしょうか?生活に近い形で父母を気遣い、親孝行をするような。なので、私が言いたい伝統文化というのは、東洋的な雰囲気を出すための外見的な音楽のスタイルや、楽器の形式ではなく、人の心に根本的な態度があるかどうかということであり、そこに東洋的な要素がなくても、作品に、その文化の個性が表れるということです。


——アルバム『別様』の製作を始めた当初は、どのような構想を描いていたのですか?

主に音楽器材を基点としていて、それ以外は比較的抽象的なものです。当時は Elektron Digitakt を学び始めて間もなかったのですが、これの音の表現や、サンプリングの自由度が気に入ったので、これを使って『別様』を作ろうと考え始めました。即興的に作った曲の多くの曲調やフレーズや、三弦や月琴のサンプリング音は、みなまず Overbridge 経由でコンピュータに録音し、エフェクトを加えて 3曲のレイアウトをし、最後に名前を付けました。ある日、渓流に行き、水波や岩に映る光と影が気に入ったので、Digitakt を使って自然の風景をアレンジしてみました。この機器はそれなりに複雑なので、技術的な問題を一歩一歩解決していくために、毎日練習と宿題を強制的にやらされることになります。


▌「サウンドトラックにおけるコミュニケーションの過程では、必ず理解できない部分に触れることになりますが、学ぶことを通じて、創作自体のある種の潜在性を豊かにすることができます」


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あなたの考える「映画サウンドトラック」とはどのようなものなのでしょうか?これまで候孝賢(ホウ・シャオシェン)監督、賈樟柯監督、趙徳胤(ミディ・ジー)監督などの多くの監督とサウンドトラックを制作してきましたが、多様な音の表現がある中で、どのようにサウンドトラックの表現を構想し、取捨選択しているのでしょうか?

監督は大体、私が最近何を好きかを知っていて、だから一緒に仕事をするのです。映画サウンドトラックというのは、私にとってみれば一種のサービス業ですので、自分の価値観を薄めて、監督の欲しい世界にできる限り到達する必要があります。例えば、候監督と『黒衣の刺客』で仕事をしたときには、私は唐代の古楽について全く知らなかったので、候監督は私に「知らないなら、誰かに聞きなさい」と言いました。私は台北芸大や台南芸大の民族音楽研究所の教授に相談に行き、これらの古楽器の先生を話し合い、伝統楽器の音色を理解し、先生達と協力して、唐人の民族音楽をスタイルを表現しました。また趙徳胤監督の『翡翠之城』の撮影の前に、私はまず中和の華新街に行き、趙監督を会話をし、彼から時代や場所についての背景の説明を聞き、タイ・ミャンマーの重めの朝食を食べて、現地の環境に溶け込み、監督と同じ感覚を共有して、彼の映画世界に入り込みました。これは自分がすでに持っている見方を消し去り、他人の世界を理解するためにはとても良い方法だと思います。

 



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最近の公演では、視覚映像と組み合わせた没入型体験(Immersive Experience)を使っていますが、このような形態を選んだきっかけは何でしょうか?ライブ公演で、今後試してみたい形態にはどのようなものがありますか?

国内ではサウンドアートの公演はほとんどなく、通常は公演はステージ上でシンセサイザーを操作するもので、あまりパフォーマンス性がありません。ミュージシャンはギターやドラムを演奏しますが、ダイナミックなボディランゲージにはより伝わるものあります。私は映像関係の学生や仕事をしている人達と、映像と音の組み合わせで様々なイマジネーションを生み出すようなコラボレーションの可能性を議論したいと思っています。新しいクリエイターが何を考えているか理解し、お互いに学びあう必要があります。

最近は、ローカル精神を象徴するような、台湾初期の画家の作品を統合して、作品に命を吹き込めないかと考えています。昨年は、TIDFのライブ映像イベントでのライブパフォーマンスで、『去年火車経過的時候』の黄邦銓(ホアン・バンチュエン)監督と、台南北門で画家の洪通の作品を、独特の味わいのある 8mmと16mmフィルムで撮影し、そのフィルムを紅茶で洗ったのですが、その生み出した映像と偶然に残ったノイズが、音楽と一緒になるととても良い火花を生み出しました。


▌ライブはとても即興的なものです。高速道路で車を走らせるように、全神経をハンドルに集中させながらも、心は体と別の状態にして、周りの現実を全て忘れ、その場の空気に身をゆだねて演奏をする。とても趣のある、楽しいものです。


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今回の SONIC SHAMAN(The Cube Forum Music Festival)セットの内容やクリエイティブのコンセプトはどのように決まったのですか?ライブではどのような器材が使われているのですか?

まずテーマに従ってライブ内容が決まります。例えば今日のテーマは「声波シャーマン」なので、シャーマンの状態を発展させて発想をして、霊性を備えた、現実空間を超えたものだという枠組みになります。試しにテーブルには意識があり、器材にも命があると考えてみる、使う時にはそれらに敬礼をして、敬意を表明して、それから全神経を演奏に集中します。これは本当に即興的なもので、高速道路で車を運転して、全神経をハンドルに集中しているのに、心は体を超えて別の状態になり、周りの現実を全て忘れて、その場の空気に完全に身をゆだねて想像する。とても趣のある、楽しいことです。これが今回表現したいテーマです。

演奏が即興ならば、選ばれる器材の音の表現もまた即興になります。今回は SOMA Laboratory Cosmos がありますが、これは多くの計算により、音の重ね合わせや、遅延、ぼかしができます。これは普通のループマシンとは異なり、より多くの音処理ができ、有機的な音が生成できます。使いこなすのは難しいですが、より興味深いものです。もう一つの設備は、Meng Qiのウィングピンガー(Wingpinger)です。私はこのコンセプトがとても好きで、一般的な電子楽器設計構成とは異なるものです。これは発信機で音を出すのではなく、一対の4段階ローパスフィルターとその周辺の論理回路で構成されています。フィルターは総合に「ping」することができ、ストレートスルーとステップの2つの方法で、チューニングができます。ウィングは指で触ることで、有機的な音を出すことができます。あと iPadが一つあります。音源をSOMA Laboratory Cosmosに持ち込み、さらに多くの重ね合わせをし、同時にいくつかのループをつなげてこれらの音を作り出すことができます。

——現在、音楽には多元的な表現形式があり、音は借用されたり、変形されたり、再創作されたりしており、異なる空間次元や媒体で表現することができますが、現在の台湾の音楽シーンをどのように見ていますか?

電子音楽を聴く人はまだ少なく、これが市場の根本的な問題ですが、関係ありません。慈済老師は「喜んでやる、喜んで受ける」と言いましたよね。また何か縁があって、音楽界に新しい発想が生まれればいいなと期待しています。当時候孝賢監督や、楊徳昌監督や蔡明亮監督などが表れた時は、映画界には瓊瑤の作品や軍事映画があふれていました。彼らは主流でない個人的作品を作り、最後には国際的に注目を浴びて人気が出て、作りたいものを継続的に作ります。ある日、その土地に面白いものが育つことでしょう。

オリジナルインタビュー by YACHIN
Taiwan Beats 編集部