サックス奏者謝明諺(シェ・ミンイェン)インタビュー

BY Akira Saito 齊藤聡

謝明諺(シェ・ミンイェン)は1981年台湾・台北市生まれ。ジャズから即興演奏までを非常に高い水準で行うサックス奏者であり、来日演奏の機会も多い。代表的な作品に、『Firry Path』(2014年)、『上善若水 As Good As Water』(2018年)、『爵士詩靈魂夜 A Soulful Night of Jazz Poetry』(2022年)などがある。通称テリー。

 

 

― テリーさんはどのような音楽を聴いて育ったのですか。サックスへの興味はどのように出てきたのでしょうか。

 

少年期は「ファイナルファンタジー」や「ストリートファイター」なんかのヴィデオゲームも、『ドラゴンボール』、『スラムダンク』、『シティハンター』なんかのテレビアニメも好きでした。もちろんその中には音楽があって、文化的背景も違うために日本の民族音楽と言っても良いようなものだったと思います。テレビやラジオを通じて90年代のポップスもよく聴いていて、CHAGE and ASKA、B’z、安室奈美恵、久保田利伸、米米CLUB、Puffy、サザンオールスターズなど、それはもういろいろと。

高校生のとき、図書館でたまたまケニーGのCDを借りたところ、魅せられてしまいました。それでサックスを習い始めました。もちろん最初はクラシックやジャズの方法論に沿ったものでした。

上手くなってきたら台北でジャムセッションに参加する機会があって、滞台している外国人とも共演しました。その中で即興やノイズ的な演奏をやったこともあったのですよ。もちろんその頃には本を通じてジャズの歴史を知っていましたし、ジョン・ゾーン、アルバート・アイラー、ジョン・コルトレーン、オーネット・コールマンらフリージャズのサックス奏者たちを聴いてもいました。

 

― なぜベルギーに留学したのでしょうか。

 

台湾で師事したヴァイオリンとピアノの先生がかつてベルギーで学んだ人でした。話を聞いてみて、アメリカに行くよりはベルギーの雰囲気のほうが自分に合うのではないかと思いました。それに、ヨーロッパの文化は多様性があって好きでしたし。

 

― 好きなサックス奏者とアルバムを挙げてくださいますか。

 

ジョー・ヘンダーソン『Double Rainbow』『State of the Tenor』、スタン・ゲッツ『People Time』、ジョン・コルトレーン『Plays』『Interstellar Space』『Stellar Regions』、マーク・ターナー『In This World』、アルバート・アイラー『Going Home』『In Greenwich Village』、それにソニー・ロリンズ、デューイ・レッドマン、マイケル・ブレッカーなんかも。

ただ、パワフルなビッグガイよりもメロウな感じの方が自分の好みです。コールマン・ホーキンスよりはレスター・ヤング。ライトだけどグルーヴするエディ・ハリスも好き。

 

もっとフリー寄りの、ジョン・ブッチャー、エヴァン・パーカー、阿部薫も聴きますよ。サブさん(豊住芳三郎)が阿部薫や高木元輝のことをよく話してくれました。

中国や台湾のサックス奏者の多くはフュージョンやポップスのスタイルです。即興やフリーを行う演者もいましたが、かつては水準がさほど高いとはいえないものでした。また外国人プレイヤーたちも特定のスタイルで演奏しており、カリスマ性はあったとしても台湾文化とは直接関係がなかったということができます。

 

― そして台湾に帰国。伝統的なジャズだけを演奏してきたわけではないのですね。

 

はい、2011年にベルギーから台湾に帰国しました。そこからはジャズはもちろんですが、ノイズ要素を意識するとともにフリージャズも演奏していきました。クラシックやモダンミュージックにノイズが関わることはおもしろい方法論的な探求です。

さまざまな楽器を扱う本木良憲さんが2013年に来台したときに一緒に演ったりしましたし、同じときポルトガルのヴァイオリン奏者カルロス・ジンガロとも共演しました。Dino(エレクトロニクス)たちの存在もずっと知っていました。ゲリラライヴのシリーズ「Outer Pulsation」のシリーズでDinoと共演したのは2021年になってからです。

ドラマーのサブさん(豊住芳三郎)との初共演は2012年か13年、台北のSappho Liveにおいてです。月に1回、即興やノイズのライヴが企画されており、そのひとこまでした。サブさんはスネアの一音だけで音楽になっていて、パワフルです。欧米の演奏とはまったく異なるものです。サブさんを迎えて吹き込んだ『上善若水 As Good As Water』は、特定のスタイルを指向した作品ではありません。あくまで展開したのは自然な演奏です。結果として文化の違いが出てきました。

 

 

― アジアならではの音楽ということでしょうか。

 

欧米のミュージシャンがアドリブをする際には、常に周りの全てを飲込む勢いがあります。一方、アジアのミュージシャンはどんなにテクニックが上手くても、余白を作って皆が入ることができるようにします。おそらく、アジアでは教育が欧米のような強烈な個人主義ではないこともその背景にあるのだろうなと考えています。だから、アジアのミュージシャンは謙遜だと思われることが多いようですね。自分の経験では、ヨーロッパのジャズミュージシャンもまた、アメリカと比べてアジアに近い傾向があります。

ただ、アジアとひとことで言っても、その文化はお互いにかなり違います。言語の違いがメロディやリズムに反映されていますし、それによって表現自体が異なったものになるのです。

 

― 『上善若水 As Good As Water』や『爵士詩靈魂夜 A Soulful Night of Jazz Poetry』といった作品はまさに東アジアの音楽でした。台湾、中国、日本などの文化に対する観点はどのようなものでしょうか。

『爵士詩靈魂夜 A Soulful Night of Jazz Poetry』の音楽はまたやりたいと思っています。最初は、詩人の鴻鴻(ホンホン)が『爵士詩選 Warm n’ Cool: A Jazz Poetry Anthology』という書籍を出版したことを機に鴻が主宰した、詩とのライヴイヴェントでした。そのあとに、鴻鴻とちゃんと作品を録るつもりでスタジオに入りました。ライヴは1回きりの演奏、スタジオはよりデリケートなやり方です。やり直すこともできますし。

日本語にはひらがなとカタカナがあります。カタカナは外来語を表しますが、ひらがなには漢字のイメージがあります。だから、ひとつの字の中にはいくつもの意味が入っています。

J-popを見ると、同義語を使用して作曲作詞でのヴァリエーションが豊富になっていることがわかります。例えば、サザンオールスターズの<真夏の果実>の歌詞には「忘れられない heart and soul」という部分がありますが、日本人は既に外来語に慣れているから英語の歌詞を入れても唐突な感じがしないでしょうけれど、中国語の歌がこんな風になるとそうでもないと思います。

あるいは同じ発音の言葉が使われています。「四六時中も好きと言って/夢の中へ連れて行って」というところです。「言って」と「行って」は意味が違うけれど発音が同じです。

そして、日本語には促音があります。同じくサザンオールスターズの<涙のキッス>には、「真面(まじ)でおこっ(断)た時ほど素顔が愛しくて/互いにもっ(断)と解かり合えてたつもり」という歌詞がありますね。時制によって後ろに接続するものも変わってきて、とても面白いと思います。

日本語は季語も使えるので、より一層作詩の境地を深く表現できるのです。

もちろん中国語の文学性があるからこそ『爵士詩靈魂夜』を作ったわけですが、以前は台湾のラップなどすごくダサいものでした。最近の人たちは自分のスタイルを獲得しているように思えます。雰囲気も良いです。蛋堡、LEO王、熊仔、黃嬉皮といったラッパーは中国語、英語、日本語、台湾語、他にも多くの外国語を取り入れています。だから、リズム感と表現力の相乗効果が半端ではありません。

 

― 陳穎達さんの『離峰時刻 Off Peak Hours』のレコーディングにおいて、テリーさんが「よしオーヴァーダブだ」と言っていろいろとサウンドを作り始めたときには驚きました。『非/密閉空間 Non-Confined Space』ではさらにエレクトロニクスとの融合を図っています。今後、こういった方向の開拓をさらに進めていくのでしょうか。

 

スタジオであればいろいろな可能性があって、オーヴァーダブもそのひとつです。ライヴとは違います。『非/密閉空間 Non-Confined Space』ももともとは即興演奏のバンドなのですが、スタジオ活用の可能性を探してもいました。だからこの場合にはライヴは電子音楽+即興となります。

 

― 台湾のジャズ・即興シーンの特徴や演奏場所、その変化について教えてください。

台北は次のようなところが良いです。

Sappho ― 代表的なジャズスポットです。フリーもラテンもフュージョンもやっています。火曜日のジャムセッションは大人気です。

Blue Note ― 台北で最も古いジャズバーです。ストレートアヘッドジャズやスタンダードジャズが多いです。

Revolver ― ロック、パンク、実験的なもの、ノイズなどをやっています。

RhythmScape ― 主にアコースティック系です。不定期に面白いイベントが開催されます。

高雄にも良い場所があります。

Marsalis Bar ― 「爵士雪茄Whisky bar」です、バンド演奏は不定期です。

WiJazz Record ― 定期的にジャムセッションとバンド演奏があります。店内には数多くのジャズのレコードがあって、台湾のジャズアルバムも販売されています。

 

それから、決まった場所ではないライヴのシリーズとして、「Outer Pulsation」があります。ノイズアーティスト・ブランド責任者のChia-chun Xuが企画しています。不定期に台北での歩道橋、地下道、橋の下の空き地などのスペースで開催され、フラッシュモブの形で人びとが集まり、即興やノイズが演奏されます。Xu氏はKarma Detonation TapesとMKUltra Productionの責任者でもあります。Outer Pulsationの予告はFacebookでのプライベートグループにしか掲載されないので、知り合いの紹介が必要となります。

それから、台湾で働くジャズファンの日本人・Shimaさんが主宰するFacebookのグループ「台湾ジャズ指南/台灣爵士指南」もおすすめです。台湾のジャズに関係のあること、ミュージシャン、イベント情報などが紹介されています。

― サックス奏者とレコードプロデューサーのポジションの違いを教えていただけますか。今、誰のレコードを制作しているのでしょうか。

サックス奏者として演奏しているときは自分の仕事だけに集中します。一方、プロデューサーはやることがとても多いですね。アルバムの全体感、トラックの順番、聴く者の立場での感覚、もちろんおカネや販売戦略など。いまはジャズ・フェスティヴァルのキュレーターもやっています。

今後の作品は、『非/密閉空間 Non-Confined Space』の第2作、電子音やシンセサイザーやドラムスなどさまざまな楽器を入れた『Go Go Machine Orchestra』や『Plutato』。年内にリリースできればいいですね。

BY Akira Saito 齊藤聡
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