台湾原住民の文化を守り、世界に音楽を発信するシンガー・ソングライター、サンプーイ(桑布伊)インタヴュー

Nov-22-2021

8月21日に行なわれた台湾の権威ある音楽賞=金曲奨で、すべてのアルバムから1枚が選ばれる年度アルバム賞を受賞したのは、原住民プユマ族のシンガー・ソングライター桑布伊(サンプーイ)の『pulu’em 得力量』だった。

「鳥肌が立ったよ!賞を獲るなんて本当に思っていなかったんだ。 もちろんとても嬉しかった。審査員が僕たちの努力を認めてくれたし、アルバムが伝えたいメッセージも伝わったということだからね。

今年の金曲奨にノミネートされたアルバムは、どれもジャンルが多様だと思ったし、特に、原住民語のアルバムは非常に素晴らしいものばかりだった」

サンプーイは、1977年生まれ、台東市の卡大地布(Katratripulr)部落出身。ちなみに、温泉とお米で有名な知本は政府が付けた名前であり、部族としての名前は卡大地布や卡地布(Katripulr)というのだそうだ。

小さい頃から、兄や叔父からプユマの伝統文化を教えてもらい音楽に興味があったサンプーイの、デビュー・アルバムを出すまでの経緯はこんな感じだ。

「働くために台北に来た僕は、叔父の部族で結成された飛魚雲豹音樂工團(原住民の伝統音楽を採集しパフォーマンスする音楽グループ)を手伝っていた。 その時、巴奈(バナイ/社会運動でも有名な原住民のシンガー・ソングライター)がアルバム『泥娃娃』をリリースし、女巫店でのライヴに来てと言われたんだ。到着すると人でいっぱいだったから窓の外に立って見ていた。 そうしたら巴奈が僕を見たとき、ステージに上がって歌うように言った。僕は行ったよ。 その後、野火樂集(インディーズ・レーベル)に参加した。ここには、紀曉君、家家、舒米恩、陳世川、胡德夫などもいたよ。

それから張妹(チャン・ホイメイ/中華圏のスーパースター)のツアー<Star世界巡迴演唱會>で2007年から3年間スペシャル・パフォーマンスをしたんだ。 彼女とマネジメントでプロデューサーの陳鎮川(アイザック・チェン)が僕の面倒を見てくれた。 で、2011年助成金の申請が承認され、ファースト・アルバムをリリースする準備を始めることができた」

そして、2012年、デビュー・アルバム『桑布伊同名專輯 – dalan』リリース。これについて、サンプーイはこう説明している。

 

「プユマ族の伝統的な神話、儀式、そして人生観について。 ほとんどの曲は1世紀または1000年以上にわたって歌われてきた古代の曲を再編成したもの。若い部族が自分たちの伝統歌謡の歌を学ぶことができるように、と思って作った」

炭を塗ったような真っ黒な顔と口の前で組んだ真っ黒な手。こちらをまっすぐ見つめる大きな目が印象的なこのアルバム・ジャケットの作品は、1曲目から、壮大な弦楽器をバックに、どんなものでも突き通すような強くまっすぐなヴォーカルで始まる。2曲目は、アカペラの、善い霊を招く、という意味の曲。3曲目はアコースティック・ギター伴奏の静かな曲・・・。他にも、朗読から始まる祈祷文という曲、祖先の歌、生命の歌…とタイトルを見るだけで、原住民のドキュメンタリー映画音楽を聴いているような感じがする。原住民の文化を守ろうとするアルバムになっている。

そういえば、サンプーイは、金曲奨の授賞式の時に、次のようなスピーチをした。

「僕は台東のプユマ族として多くの人が土地と環境の正義に関心を持ってくれることを願っています」

これについても聞いてみた。

「ここ何年か、台湾では次々と土地問題が発生している。 そのうちの2つは僕の部落である卡地布地区に関連している。1つは移転についての紛争で、もう1つは知本光電の案件。 お墓の移転紛争は数年前に解決されたのだけど、知本光電(知本湿原の光電開発)はまだ進行中です。 台東県政府と製造業者は、卡地布族の伝統的な地域に太陽光発電所を設置したけど、原住民族基本法に従って部族の同意を得るために部族と協議することをしなかったんだ。 僕たちはグリーンエネルギーや開発に反対しているのではなく、部族の同意なしに間違った場所で、間違った方法・手段で開発することに反対しているのです」

その4年後、2016年には『Yaangad椏幹 』というアルバムをリリース、これが、金曲奨で年度アルバム賞を受賞したアルバムだ。デビュー・アルバムと基本は変わらずよりポップ化させた印象。

このアルバムをサンプーイは、

「主に環境問題、そして人生の観察について。 大自然への愛情と、人生の浮き沈みについての考えを伝え、感謝と過去を考え直すアルバム」と言っている。

この作品では、アコースティック・ギター1本によるサンプーイのやさしさに満ちたヴォーカルが聞ける曲「Sadeku na senan温暖的光」が好きだ。9月に行われた<東海岸大地芸術祭>でも、綺麗な月が海に映る風景の中で歌われ、ぴったりの雰囲気だった。歌詞は、「空には月が照っていて、星がキラキラと輝き、明るい星が私たちを暖めてくれる、一緒に集まって、懐かしもう、手をつないで踊り歌おう」。

そして、2回目の年度アルバム賞をとったサード・アルバム『pulu’em 得力量』。

よりカラフルなサウンドが聞ける。牛を放牧したり野菜をとったりと気持ちいいね、と歌う「一天的生活」では、ベルギーのヴァイオリニストのウォウテル・ヴァンデナベーレと、セネガルのバオ・シソコがコラで参加している。サンプーイの口琴も加わり見事なコンビネイション。サンプーイは以前ヨーロッパで彼らと会ったことがあるそうで、今回彼らと組むことで新しい音楽が生まれると確信したそうだ。ちなみに、ヴァンデナベーレとシソコは、モラ・シラというセネガル人とともに、音楽トリオ、タマラのメンバー。『音の旅人』というアルバムが日本でもリリースされている。

本作でのコラボでのもう一つの聞きどころは、屏東県の満州の民謡が入っていること。台湾語で特殊な唱法で歌われる。ここも聴きどころだ。サンプーイに言わせると、台湾語民謡より原住民の民謡に近い印象だそうだ。

サンプーイの音楽的視野の広さは、原住民のことを歌っていても、その音楽は原住民のものだけではないと言っていることからもわかる。金曲奨の記者会見では「このアルバムに参加している中で実は原住民は僕だけ」と明かし、「客家人や閩南人などたくさんのエスニック・グループが参加している。このアルバムは台湾のアルバム」と言う。

今回のインタヴューでも台湾音楽について、「台湾が一つの真っ白なキャンバスならば、そこには、それぞれの民族のそれぞれの象徴があり、それぞれの文化はそれぞれの色彩を持つ。そうして僕たちは、そのような美しく多様な絵を絡み合わせて育てることができるんだ。 台湾には多くの異なる民族グループと異なる言語がある。台湾をより団結させより良くするために、誰もがお互いをサポートし尊重しないといけない。 同じことが音楽にも当てはまる。あらゆる種類の音楽が奨励され、関心を持たれ、支持されるに値するものなんだ」

今回の受賞作『得力量』の話に戻ろう。

「このアルバムの精神は、文化的および歴史的遺産への思い、地球環境への配慮、人間の行動の反省、そして経済発展と環境保護の間の矛盾についての考えを表現すること。といっても、今回のアルバムでは難しい歌詞にはしていない。テーマによってはかなりシリアスなものもあるけれど、お説教臭くしたくなかった。

このアルバムの制作には数年を費やした。スタイルは意図的にこうしようといったことはなく、アレンジするのにふさわしい人を見つけるだけだった。 そして出来上がったサウンドは多彩になり、たとえばアップ・テンポのエレクトロニック・サウンド、実験的なエレクトロニクス、ロードスタイルのソフトロック、ヨーロッパとアフリカの融合、壮大なオーケストラ・アレンジなど、非常に多様。様々なサウンド、様々なアーティストの音楽で、まさにワールド・ミュージックだよね」

まさに、世界を見ているのが、サンプーイの音楽ではないだろうか。加えて、サンプーイの受賞や彼の発言を見ていると、彼のアルバムが今、台湾が世界に向けて発信するものにふさわしいものであることがわかる。

さて、最後に、音楽以外の興味の話をしてもらった。

「仕事をしていないときはバイクで山やビーチに行き、木々や海を眺めるのが好き。とてもリラックスできるし、自分を解放できる。 多くのメロディはこういう状況からインスピレイションを得るんだ。車を止めてハミングして携帯電話で録音したするよ。またここ数年は、運動、ドラゴンボート、ソフトボール、サッカーを始め、サッカーチームに参加し毎週定期的にサッカーに出かけている」

それから日本の印象も。

「もちろんあるよ! ここ数年、笠間、東京、小豆島、徳島など、地方の公演や交流の場に次々と行った。 とても感動した。多くの場所で、民謡、歴史、伝統、景観がよく保存されていて、住民はとてもフレンドリーで、食べ物はおいしい! 僕はヘルシーな蕎麦が大好きです。日本の蕎麦は本当に一流です!」

新曲が2曲リリースされる予定というサンプーイ、彼の音楽は、益々、世界の音楽になってゆくのだろうか。期待したい。